左打者が放つ左中間へのライナーとアーチ式コンクリートダムは、力強さと美しさを兼ね備えているという点で似ている。 Baseball is my real life!
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精神論は不要か?
プロ野球のキャンプも第2クールが終了して、各チーム共いいスタートを切っているようですね。

今のプロ野球のキャンプは、科学的根拠に基づいたトレーニングが主流になっています。色んな器具や機械を使ったり、効率を重視したり。まぁアメリカ流とも言うんでしょうかね。プレーだけでなく、練習内容も随分進化したものです。

そんな中、かつての日本を象徴していた「精神論」というものが影を潜めつつあります。科学全盛の現代に於いて「時代錯誤」とも言われている精神論。果たして本当に不要なのでしょうか。
精神論について考え出したきっかけは、wallさんの投げ込みは果たして「悪」か?(“肩は消耗品”に関する一考察)というエントリ。まぁ内容は精神論についてではないんですが、ちょっとしたインスピレーションを受けたというか。


プロスポーツ選手はよく「平常心」という言葉を口にします。「練習通りに」「普段の力を」と言葉は様々ですが、「いかにして平常心を保ち、自分の力を発揮するか」が本番における最重要事項ということは明らかなようです。
ところが、これが一番難しいんですよね。正直、俺は公式戦に於いて「完全な平常心」でプレーできたことなど1回もないです。精神状態にどこか不安定な部分があったわけです。

そもそも本番で100%の力を発揮すること自体がかなり困難。常に本番を意識した練習を重ねていても、です。長いペナントを戦ってきたチームが、ポストシーズンに入るとガラッと変わってしまうことなどよくあることです。一昨年の日本シリーズ、西武・和田の大ブレーキなどは記憶に新しいところ。


ところで、本番で平常心を保つためにはどうすればいいのか。やはり一番は「経験」でしょう。恐らく経験に勝るものはないと思います。
ここで言う「経験」とは、

・実際の場面(本番)における経験
・極限の精神状態における経験

この2つです。1つ目は説明不要でしょう。
2つ目。試合でピンチになった時や思わぬミスが出た時。結構テンパりますよね。精神が極限状態になると、自分や周りを見失い、普段のプレーどころか普段はありえないようなプレー(ミス)までしてしまうことが多々あります。実際の経験が少なければ少ないほど陥るケースです。
こう考えると、「極限の精神状態の経験も必要なのではないか」と思うんですね。もちろん本番で経験を積めれば言うことなしですけど。

話を戻して。根性野球の象徴に「千本ノック」があります。正直なところ、科学的に見たら有効性は低いと思います(疲労した肉体状態でプレーすることに意味はありますが)。アメリカ人も「オー、クレイジー!」と言うでしょうね。
ただ、俺は経験上「精神状態は肉体の状態にも左右される」のではないかと思います。肉体が疲労すれば精神も疲労する。「リフレッシュ」という言葉も肉体的・精神的両方を指してると思いますし。つまり肉体を極限まで疲労させる練習(wallさんが述べた数百球の投げ込みも)によって、精神状態も極限に達することがある、ということ。逆に言うと、こうでもしないと本番以外で「極限の精神状態(本当にテンパッた状態)でのプレー」というのは経験できないだろうと思います。俺の経験上、集中力も増しますね。

「精神が肉体を凌駕する」ことはあっても、「肉体が精神を凌駕する」ことはない。精神状態が平常であればあるほど、本番でより100%に近い力を発揮できるのであれば、平常ではない極限状態の経験も必要なのではないだろうか。そういった意味では、「精神論」と言われる考え方や練習方法も一概に悪とは言えないと思うんです。

もちろん科学的根拠に基づけば全くナンセンスな話かもしれませんし、俺自身もこの類いの練習方法は「どちらかといえば反対」の立場です。ただ、精神的に鍛えられたという経験は事実ですし、精神や根性といった言葉が消えてしまうのも、どこか寂しく感じるわけです。

あくまで精神論に絞って見た内容なので、それ以外のこと(科学的根拠等)は度外視しています。元高校球児の懐かしい記憶、とでも解釈してください。
コメント
この記事へのコメント
どうも。本当のトレーニングは肉体的に追い詰められるところから始まる、という考えは2323しく同意。

私も高校時代言われました。筋トレでベンプレ30回だったら27回目から30回目が本当のトレーニングだと。
平常心とは、極限状態が極限状態でなくなるということだとしたら、平常心を手に入れるためには極限状態を経験して、その「リミット」をどんどん広げていかないといけないと思うし、そのために肉体を追い込むことは理に適っていると思いますね。

投手にとっての肩という話はまた、特別なのかも知れないですけど、肉体的に追い込むという「精神論的練習」でさえ、きちんとした計画に基づいたトレーニングであって欲しい。要はバランスなのかなー。
2006/02/10(金) 23:01:31 | URL | wall #6/PrHVm2[ 編集]
>wallさん
ども。
「計画性を持った精神論的練習」はおっしゃる通りですね。どうも昔は「根性だ!」の一言で片付けられていたようなフシがあります。
トレーニングというより「しごき」の類いなんですよね。それは悪でしょう。
科学的トレーニングは素晴らしいですが、メンタルトレーニングも見逃せない重要事項でしょうね。
2006/02/10(金) 23:27:38 | URL | くっきー #-[ 編集]
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春季キャンプも第2クールに入りました。今年はWBCが開催されることもあり、とりわけ投手陣の早めの調整が目に付きます。誰々が初日からブルペン入りとか、○○球投げ込みなどなど。
2006/02/10(金) 22:52:30 | そろそろ「マリーンズが好きだ」とカミングアウトしようか
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