左打者が放つ左中間へのライナーとアーチ式コンクリートダムは、力強さと美しさを兼ね備えているという点で似ている。 Baseball is my real life!
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指導することの難しさ
あぐらをかいた時、どちらの足が上に来ますか?
胸の前で両腕を組んだ時、どちらの腕が上に来ますか?


これ、反対でやってみると凄い違和感がありますよね。俺はあぐらは右足、腕組は左腕が上に来ます。逆でやってみると物凄い気持ち悪い感じ。そして俺には「あぐらでは左足、腕組みでは右腕が上に来る人の感覚がわからない」ということ。
よく草野球の連中から「打撃フォームを見てくれ」「どうやったらそんなに速い球が投げられるんだ?(俺は決して速くないですが)」ということを聞かれます。まぁ俺が一番長い経験者だから、この風景はよくあることなんですが。


実はコレ、非常に難しいことなんですよね。自分の経験でモノは言えても、人を指導するとなると話は別。自分の経験が必ずしも当てはまるわけではないからです。俺は常々、技術指導の難しさは「その人に合ったフォーム・スタイルを見極めること」だと思っています。「こういう風にやってみてたら?」というのはあくまで自分の感覚であって、指導される人の感覚まではわからない。あぐらや腕組みと同じ。典型的なのは「構え」ですね。「どう構えたらいい?」という質問が一番困ります。構えで一番重要なのは「一番リラックスできる」こと。その感覚はその人自身にしかわかりません。明らかな欠陥を除いては「構えは指導するものではない」とも思っているくらいです。


最近だと、西武の和田を見ていると強く感じますね。あのフォームは俺が現役の時には考えられないですよ。「体が開いている」「体に近いところで打つ」「詰まることを恐れない」。こんな概念は俺の中にはありませんでしたから。驚異的な背筋力があのスイングを可能にしてるんでしょうけど、あれを出来る人はなかなかいないと思いますよ。そしてあの打撃フォームを薦める指導者もなかなかいないと思います。


「アッパースイングが一番しっくりくる」という人に対してダウンスイングの練習をさせる。昔はよく見られた光景ですが、逆に言えば「画一性の害」とも取れるわけで。重要なのは「基本」という名の画一性ではなく、「最大限に力を発揮する身体の使い方やフォーム」という個性なんだと思います。もちろん基本は全てに於いて一番大事なわけですが、例外もまた大事ということです。


「名選手≠名指導者」と言われるのは「技術」と「人を見る力」を兼ね備えた人が少ないから、ということなのかもしれませんね。
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