左打者が放つ左中間へのライナーとアーチ式コンクリートダムは、力強さと美しさを兼ね備えているという点で似ている。 Baseball is my real life!
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野球留学
気付けば今年も12月。
毎年野球ネタが一気に減る時期になりました。
正直書くネタがなくなってきたのは事実で、「何か技術論でも書こうかなー」と思いつつ、これといったものが思い浮かばない。

ということで、ある種俺にとって「禁断のネタ」ともいえるテーマについて書いてみようと思います。


「野球留学」


ご存知のように、簡単に言うと「県外出身者が野球の強豪私立(もしくは一部の公立)に越境入学すること」です。最近は選手権大会の季節になると必ず「県外出身者の割合」などという報告がされていますが。

まだ記憶に新しい昨夏の選手権大会での開会式、当時の中山文科相が発言した野球留学批判。とうとう国を代表する大臣の発言にまで及んだ野球留学問題。高野連も野球留学検討委員会とか作っちゃってるし。正直、そこまでして高校野球を定義付ける意味合いがわかりませんが…


で、先に断っておきますが、社会的な議論をするつもりはありません。あくまで「元高校球児」としてのスタンスで書きます。


ひとつだけ言いたいことは、全ての報道・報告は選手本人の意思が全く無視されているという事実。
そしてたった一つの真実は、「甲子園に行きたい」という弱冠15歳の少年の純粋な気持ちということ。

学校の知名度が上がる?地域のレベルが上がる?県外出身者が多いと郷土の高校として応援する気が起きない?

知るかボケ。

誰のための高校野球かをもう一度考えてほしい。高校のため?自治体のため?地元民のため?高野連のため?はたまた文科省のため?

違いますよ。
選手本人のための高校野球です。そして「甲子園に行きたい」というのは他の誰でもない、選手自身の思いです。その思いに対して制限を設けたり、規制したり、批判したりすることが許されるのか。
例え高校に対しての議論だとしても、最終的には選手本人に降りかかることです。

彼らは悪者でしょうか?
「甲子園に行きたい」という思いだけで親元を離れ、異郷の地を選んだことがいけないことなのでしょうか?地元の高校からでないと甲子園に行ってはいけないのでしょうか?


私の友人に、野球留学を望んだ人がいました。「智弁和歌山で甲子園に出たい」と千葉市の中学校から同校への入学を希望した彼でしたが、親からは反対されていたそうです。なぜ同校を選んだのかは知りませんが、何と彼は青春18切符を使って、鈍行で同校の練習を見に千葉から和歌山まで行ったのです。
それくらい同校に入り、甲子園に行きたかったのでしょう。

結局その日の同校の練習は休みだったらしく、そのまま鈍行で帰ってきたというオチがあるんですが、彼の行動を見ると野球留学の議論が何とも的外れで、肝心の選手本人の思いが如何に欠如しているかがよくわかります。


「野球留学」によって各地から選手を集める高校を批判しても、選手自身には何の罪もない。選手を「かき集めている」高校でも、一方では選手が「進んで選んだ道」でもあります。このことが、これらの議論には欠けていると思います。

社会的な問題、言ってみれば「大人の事情」も大事だと思います。ただ、今一度「主語」を考えて欲しい。野球留学をするのは高校でも高野連でも自治体でも地元民でも文科省でもありません。選手本人がするのです。


誤解をしてほしくないのは、俺は諸手を挙げて野球留学を是認するつもりはありません。俺も社会人ですから、「大人の事情」があることも理解しています。このエントリーが甘っちょろい内容であることも承知しています。
ただ、「善か悪か」という二択の議論で済むことではないはずです。
そして大人の事情での議論のみで、15歳の少年の事情はどこかに置いてきぼり状態の現状。
今一度「野球留学の本質」を考えるべきではないでしょうか。

俺は野球留学の是非を問わず、「野球留学者」を応援しますよ。



最後に、一連の報道・報告とは一味違った岩手日報の社説をご紹介しておきます。

制限より指導の改善を
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