左打者が放つ左中間へのライナーとアーチ式コンクリートダムは、力強さと美しさを兼ね備えているという点で似ている。 Baseball is my real life!
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祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり…とでも言うのでしょうか。


今年の千葉県高校野球秋季大会の選手名簿を見た時に、この平家物語の冒頭の件が頭に浮かんだんですよ。
「自分も歳を取った」ことを痛感すると同時に、何とも言えない寂しさがこみ上げてきたその理由。

予選不参加校 9校
船橋法典・市川北・浦安南・流山北・我孫子二階堂・成田西陵・山武農・上総・暁星国際


目を疑いました。何と船橋法典と暁星国際が不参加です。理由は部員数の不足と見て間違いないでしょう。

知っている人は知っていると思いますが、この両校、かつて(といっても10年程前ですが)は野球の強豪校として千葉県下でも有名でした。


船橋法典は平成8年春の関東大会に出場したこともあり、俺が2年の時の夏はAシード校でした。船橋の公立校は市立船橋を筆頭に、県立船橋、船橋法典、船橋東と中堅クラスの高校が多いんです。今でこそ県立船橋がいい成績を挙げていますが、当時は船橋の強豪県立校といえば法典でしたね。


暁星国際は語るまでもないほど、一時期は隆盛を極めていました。小笠原道大(現・巨人)を擁した平成2年には夏の千葉大会で準優勝、相川良太(現・オリックス)在学時には平成4年の秋と翌年春の県大会に優勝。当時の拓大紅陵・志学館・木更津中央(現・木更津総合)と共に「木更津最強カルテット」(勝手に俺が付けただけですが)を形成し、「戦国千葉」の象徴でもあったと思います。

特に暁星国際は秋春連覇時にマーク・ランドルというオーストラリア系の投手(国籍は知りません)が猛威を振るい、後の俺の母校(その2年後に入学)がマリンでタコ殴り状態にされていた記憶が今でも強く残っています。ちなみに今調べたらランドルはホンダの野球部に所属しているみたいですね。
関係ないですが、長嶋茂雄氏の次男・正憲氏(レーシングドライバー)も暁星国際出身です。


噂によると、暁星国際は野球に力を入れなくなったらしいという話も聞きます。私立ですし、「野球第一」である必要性もないと思います。船橋法典も然り。

それでも、この時代の流れはあまりに寂しい。かつてファンだったプロ野球選手がいつの間にか引退の時期を迎えていた感覚、とでも言うんでしょうか。たかが千葉県の2つの高校かもしれませんが、俺が時の流れを痛感するには十分すぎます。


北海道で頂点を極め、より高みへと自身の道を導き出した「サムライ」は、その出発点とも言うべき母校の衰退に何を思うのか――
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