左打者が放つ左中間へのライナーとアーチ式コンクリートダムは、力強さと美しさを兼ね備えているという点で似ている。 Baseball is my real life!
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真似をすることの意味
「上手い選手の真似をする」


どんなスポーツにも共通することだと思うんですが、「真似をする」というのは手っ取り早く、非常にいい練習です。殊更野球であれば毎日テレビ中継があるわけで、プロ野球選手という「教材」には非常に恵まれています。

俺も例外ではなく、現役を引退してからもプロ選手の真似をして技術を取り入れる試みはしています。最近だとロッテ・今江の腕の使い方
、ヤクルト・藤井の右手(グラブ側の手)の使い方などです。まぁ成果は置いといて。


で、本当に真似をするだけで確かな技術力が身に付き、上手くなるのでしょうか?
答えは「否」です。

その前に。

俺が技術的な部分で特に意識しているのは「身体の使い方」なんです。以前から言っている通り、パワーを生み出すのは筋肉ですが、それには「パワーを最大限発揮させる技術」が必要であり、その技術は身体の使い方で大方が決まる。
身体の使い方を誤っていては、どんなに凄いパワーを持っていても全く無駄な産物です。更に言えば「身体の使い方を知らなければ進歩はない」とも思っています。


で、「上手い選手の真似をする」という行為・練習。
この真似をするということの一番重要な部分は「フォームを真似する」ということではなく「真似することによって、より高い技術を身に付けるための身体の使い方を覚える(取り入れる)」ということだと思います。

子供であれば、真似をすること自体が無意識に身体の使い方を覚える練習となるでしょう。しかし、きちんとした思考能力を持つ年齢になれば、ただ真似をすること自体は何の意味も成しません。そこに何を見出すか、なのです。「○○選手のフォームは何か打ちやすいなあ」というのは漠然とした表面的な意識であって、技術向上ではありません。何故打ちやすいのか、を考える必要があります。


某氏の尽力により、ようやく手に入れた「Baseball Clinic 2005年3月号」(ベースボール・マガジン社)に掲載されている椎名勝・習志野高監督のインタビューがそれを端的に表しています。

丁寧な指導が必要なのは、最近の選手たちが「工夫、研究心」に乏しいという事情もありますね。プロの打撃フォームを見るときも、「構え」と「フォロースルー」はしっかりチェックするのですが、肝心かなめの「中身」をおろそかにしていますし…そんな具合だから、例えばだれかのオープンスタンスをまねしている選手に、「目的は?」と尋ねても、しっかりとした答えが返ってこない。私は模倣が悪いことだとは思っていません。ただし、そこに「根拠」が存在しなければ、実を結ばないのです。


俺はこの「根拠」というものを「身体の使い方」だと思っています。重要視するのはフォームや構えといった「見た目」ではなく、その奥にある「根拠」なのです。

ただ、人間の身体はひとりひとり違います。骨格や筋力、身長や体重、腕や脚の長さ、柔軟性等、身体が違えばその人に合った最適な身体の使い方・技術手段があります。ですから、「上手い選手の真似をする」ということは決して「コピーする」ということではないのです。それは物真似に過ぎません。


「より高い技術を身につけるためにはどうすればいいか」
「より力を発揮するためにはどうすればいいか」

上手い選手の真似をするということは、それらを考え、実行し、そして取捨選択をすることの他ならないのです。
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