左打者が放つ左中間へのライナーとアーチ式コンクリートダムは、力強さと美しさを兼ね備えているという点で似ている。 Baseball is my real life!
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グラウンド確保で気付いたこと
競技野球暦12年(小学校~高校)、草野球暦8年(大学~現在)。
都合20年程野球をやってきた俺ですが、そろそろ草野球暦が競技野球暦に追いつこうとしています。

競技野球(要は部活ね)時代は「野球が面白い」と思ったことなどは一度もなく、半ば嫌々感にも似た「自分で課した義務」と「生活の一部」としての位置付けが強かったわけです。
引退してからプロ・アマ野球を外から見始め、自身も草野球を始めてから「野球は面白い」と思うようになりましたね。

現在は会社の草野球部と、友人たちと立ち上げた草野球チームに並行して所属しているわけですが、特に後者の草野球チームにおいては毎回ある話題が出てきます。


「グラウンドはどうしようか」


競技野球経験者と未経験者(他意はありません)には現実としての違いが幾つかあります。もちろん技術的なこともそうですが、最近は「グラウンドに対する考え方」というものを感じます。



話を一旦逸らして。

暇だったんで清水直行の公式サイトを何気なく眺めていたところ、興味深いコラムを発見しました。

「野球場を作ろう!」

草野球チームには宿命とも言えるグラウンド確保。ようやく確保したグラウンドも対面式や劣悪な環境、時間制限…。
ならば自分たち専用のグラウンドを作り、思う存分野球を楽しみたい。それも全面天然芝の、まるでメジャーのスタジアムのような…。

俺と同じサラリーマンが奮闘する姿に、ある種の感銘を受けましたね。いや、こういうのを見るとすぐに「俺もこういうことがしたい!」などという憧れと妄想を抱いていてしまうのが癖でして。まぁすぐに「現実は物凄い厳しい」ということに気づいて我に返るわけですが。さすがにNPO(球遊想造会)まで作るとなると、ちょっと自分には無理かなーなんて思ってしまいます。



話を戻して。

小学校時代はまだしも、中学・高校時代はグラウンドが必ず用意されているわけです。部活動ですから、学校のグラウンドをある種「当然のように」使用していたわけですね。
高校にもなると、強豪校や私立では専用グラウンドを設けているところもありますが、多くの学校はサッカー部や陸上部と共存(大抵野球部とサッカー部はグラウンドの境界線を巡って一悶着あるものです)という形だと思います。
もちろん俺の高校(ごく普通の公立校)も例外ではなく、外野を抜けた打球がサッカー部の領域に、逆にサッカーボールがこちらの領域に来るとお互いにちょっと牽制するような視線でボールを返したものです。そういえばライトの守備位置はペナルティエリアのすぐ手前だったなぁ…。

なもんで、年に数回の公式戦で使用する市営球場が物凄く豪華に見えたわけです。ラバーフェンスで囲まれたグラウンドに入ると、内野の綺麗な土に外野は芝生、ダグアウトにスタンド…
何と言うか、家族でたまに行く外食のような気分ですよ。

まぁそんな感じでも、毎日野球が出来る環境がそこにはあったわけです。昼休みでボコボコになったグラウンドの整備と石拾い・雑草抜きをしてから練習に入るという環境でしたが、場所自体は必ず確保されていました。

中学・高校と決して恵まれた環境ではなかったので、劣悪なグランド環境というものに対しての抵抗は少ないんです。ただ、一番重要な「野球をする環境(グラウンド)の確保」という、言わば野球をするスタートラインを経験したことがなかったんです。

試合もそうです。
毎週土日は必ず練習試合が組まれ、年に数回の公式試合がありました。対戦相手も学校が用意してくれるわけです。もちろん学校生活の一部なわけですから、学校が動くのは当然だとは思います。
ただ、それを差し引いても試合が出来る環境が必ずあったわけです。

実は競技野球から草野球に転向してからの大きなギャップ・戸惑いのひとつでもあったんです。「野球をするのがこんなに大変なのか」という。草野球をやれている方が聞いたら「当たり前なことに気付くのが遅いんだバカヤロウ!」と怒られそうですが、「全てを用意されていた競技野球」の経験者が持つ(俺だけかもしれませんが)、ひとつの欠点だとも思っています。


確かに経験者と未経験者では、技術面や理論に差があるかもしれません。優劣という意味ではなく、これはどうしようもない現実です。ただ「全てを用意されていた競技野球」未経験者は、「野球に対する情熱や貪欲さ」という点では同等かそれ以上だとも思っています。事実、草野球のチームメイトを見ているとつくづくそう感じます。


競技野球から草野球へ転向して得たものは「野球の楽しさ」だけではなく、「野球への情熱にプロもアマも経験者も未経験者も関係ない」という至極当然なことを痛感したことに他なりません。
そして、同じ苦境に立たされている全草野球人に敬意の念と激励の意を表したいと思います。
コメント
この記事へのコメント
グランド確保・・・
大変ですよねぇ・・・
今でこそ公営はネットで取れるようになりましたが、ちょいと前は抽選会に行きましたモンね。

でも、マリンの抽選会に行くときはいつもドキドキして嬉しかった記憶があります。
2006/10/22(日) 20:39:48 | URL | たい #-[ 編集]
>たいさん
草野球って大変なんだと思いましたよ。
グラウンドもそうですし、人数集めや道具等、自分は本当に恵まれた環境で野球をやっていたと思います。

まぁこういった苦労も草野球の楽しさなんでしょう。
2006/10/22(日) 22:12:56 | URL | くっきー #-[ 編集]
草野球命
競技人口は多いのに、きちんとした競技団体がないっていうのも、問題の一つにはあるんじゃないでしょうかね>草野球

つまり、それぞれのチームの運営は、完全にそのメンバー同士の良識(ある行動)に委ねられている点です。

サッカーなどと比べると、それでも草野球ができるグラウンドの数は多いので恵まれているとは思います。まあ、グラウンド確保は面倒だけどそれなりに面白かったりもしますよ。野球好きだし。

それに、見るのと違って、一人でいくら野球やりたいといっても、できないじゃないですか。何と言っても一緒に野球やる仲間がいるってことが、(色々と不便なことはあるにせよ)そうした一つ一つのことに、前向きに向かわせる原動力になっていることは間違いないです。
2006/10/22(日) 22:54:33 | URL | wall #6/PrHVm2[ 編集]
>wallさん
どうも。

マスコミが何を根拠に「野球人気の低下」と言っているのかはわかりませんが、こういった現状はそれを否定するに十分だと思います。

逆に、それを鵜呑みにした行政や管理会社、団体が野球環境を狭めてしまうことが怖いですね。
そういった意味で、エントリーに書いたNPOは素晴らしいと思います。

最後の一文、まさに「草野球の原点」を教えてもらった気がします。ありがとうございます。
2006/10/22(日) 23:19:17 | URL | くっきー #-[ 編集]
はじめまして。
菊田スターウォーズでググッたら津田沼7丁目にたどり着き、そこのコメントからこのページへ・・・w
クッキーさんと同じくスターウォーズにいたので。。一応、初代メンバーなんすよw(小2の時に菊田ハイツの仲間で作ったチームなんすw)年代違うかも知れないけど。。懐かしくて書き込みw
一応、柏在住なんでマリーンズファンです
2006/10/23(月) 04:16:18 | URL | OKman #-[ 編集]
>OKmanさん
いらっしゃいませ。
って、大先輩じゃないですかw
まさかこんなところで初代メンバーにお会いするとは…
俺の歳はこのエントリー冒頭の野球暦で推測できると思いますが、いやーびっくり。
あの白地に青文字のユニフォーム、懐かしいですねえ。

ちなみに今は松濤ホークスとサンダースと統合して津田沼野球少年団になっているそうです。
習志野市の少年野球チームも減りましたよ。一時は大会に50チームくらい出てたんですがね…
2006/10/23(月) 23:45:10 | URL | くっきー #-[ 編集]
あのSWのロゴやユニホームは、みんなで菊田ハイツの集会所に集まって決めたものなんですよ。

結成当時、僕は小学校2年生で、人数が少ないためになんと2年生にしてレギュラーw

後にJR住宅(当時は国鉄)からもメンバーが加わり、6年の時には30人くらいになってたかな。

津小では、それぞれのチームが結構対立していて、放課後には幼稚園裏のグラウンドで対抗戦してました。

津田沼少年野球団のHP見ました。
清水監督が代表になっていてびっくり!
あの監督が情熱を注いでくれたからSWの基礎も作れて、6年間がんばれたっていう思い出があります。同じマンションでしたので監督の家には良く遊びにいってたんですよ。。
2006/10/27(金) 14:14:45 | URL | OKman #-[ 編集]
>OKmanさん
清水さんは俺の頃辺りから代表になってましたね。HP見たら歳取りましたねぇw

俺の親父は今でもコーチやってますよ。もしかしたらOKmanさんも親父に会ってるかもしれませんね。
2006/10/28(土) 01:38:24 | URL | くっきー #-[ 編集]
びっくりです。
こんなタイミングでコメントすみません。当時、野球チームに入れてもらえないなら自分で作ってしまえって、多くのみなさんに御苦労をかけた言いだしっぺ張本人です。今日、不惑の歳となり、何をおもったか懐かしく菊田スターウォーズを思い出してググったらここにたどり着きました。まさか、あのチームの流れがいまだにあるということや、清水さんがいまだに活躍されているお姿、非常にうれしく思います。それにしても、当時は「松濤塾」ってチーム名だったような気がします。小学生時代の向う見ずなところ、改めて思い出してしまいました。何かご縁がつながるとうれしいですね。
2011/01/07(金) 10:40:37 | URL | まつけん #-[ 編集]
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